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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1502号 判決 1963年3月28日

控訴人 大阪国税局長

訴訟代理人 山田二郎 外四名

被控訴人 株式会社 半田カバン店

主文

原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、次の事実は当事者間に争いがない。

被控訴人は昭和二七年一二月二二日設立登記をすませた資本金一、〇〇〇、〇〇〇円の株式会社で、カバンおよび文具販売を主たる営業とするものである。

被控訴人は昭和二八年一月一日から同年一一月三〇日までの事業年度分としての法人税について、所轄和歌山税務署長に対し、その所得金額を九四、五八五円と確定申告したところ、同税務署長は、被控訴人の昭和二七年一二月二二日から昭和二八年一一月三〇日までの第一事業年度分の所得金額として二一四、一〇〇円と更正処分をし、さらに昭和三一年二月二日右所得金額を六八七、七〇〇円と再更正処分をし、これに対する被控訴人の同年同月二三日の再調査請求を同年四月三〇日付をもつて棄却し、引き続き同税務署長は、同年五月九日付をもつて被控訴人の第一事業年度分の所得金額を七〇九、七〇〇円と再々更正処分をした。被控訴人はこれを不服として、同月三一日控訴人に対して審査請求をしたところ、控訴人は昭和三二年七月三一日右再々更正処分額中六六九、〇〇〇円を超える部分を取り消す旨の審査決定をした。

被控訴人は昭和二八年一二月一日から昭和二九年一一月三〇日までの第二事業年度分の法人税について、和歌山税務署長に対し、その所得金額を二三七、七四〇円と確定申告したところ、同税務署長は、右所得金額をまず三〇四、五〇〇円と更正処分をし、さらに昭和三一年二月二日八一二、四〇〇円と再更正処分をし、これに対する被控訴人の再調査請求を同年四月三〇日付をもつて棄却し、引き続き同税務署長は同年五月六日付をもつて被控訴人の第二事業年度分の所得金額を一、一〇〇、九〇〇円と再々更正処分をした。被控訴人はこれを不服として同月三一日審査請求をしたところ、控訴人は、昭和三二年七月三一日右再々更正処分額中六九六、六〇〇円を超える部分を取り消す旨の審査決定をした。

被控訴人は昭和二九年一二月一日から昭和三〇年一一月三〇日までの第三事業年度分の法人税について、和歌山税務署長に対し、その所得金額を一六四、五〇〇円と確定申告したところ、同税務署長昭和三一年五月九日右所得金額を一、〇五三、五〇〇円と更正処分をし、これに対する被控訴人の同年六月一日の再調査請求を同年同月三〇日付をもつて棄却した。被控訴人はこれを不服として直ちに審査請求をしたところ、控訴人は昭和三二年七月三一日右更正処分額中六四〇、〇〇〇円を超える部分を取り消す旨の審査決定をした。

右各事業年度の審査決定における被控訴人の所得金額は帳簿に基づく所得の実額調査によつたものでなく、税務調査の結果に基づく推計計算によつたものである。

二、所得の認定について推計方法を採用したことの正当性

和歌山税務署長は被控訴人の第一事業年度分の更正処分を昭和二九年二月二八日被控訴人に通知したのち所属職員を被控訴会社に赴かせて調査したところ、被控訴人の売上げは九九%まで現金売上げであるにもかゝわらず、その場には現金出納帳はもとより現在記帳中の帳簿らしいものは何一つ置いてなく、一ヶ月ないし三ヶ月毎に一括してレヂペーパー、領収書納品書等により記帳および伝票の作成方をすべて計理士に依頼している状況であり、いわゆる現金管理を行なつている事蹟は全く認められなかつた(この控訴人主張事実を被控訴人は明らかに争わないからこれを自白したものとみなす)。このように現金出納帳が相当期間遅れて記帳される場合には、いきおい、その記帳の完ぺきを期することは至難であるのみならず、意識的たると無意識的たるとを問わず相当額の売士げの記帳洩れの生ずるのを防止することは不可能であるから、その記帳は営業の実体を反映しているものとはとうていなしがたく、したがつて推計方法(間接認定方法)によつて所得金額を認定することは許されるべきである。控訴人が被控訴人の右各事業年度における所得金額を推計の方法によつて算出したことは、正当な措置であるし、この点については被控訴人も異議のないところである。

三、推計方法における焦点と争点-売上金額の算定

和歌山税務署長の行なつた税務調査により、被控訴会社には会社帳簿に記載のない和歌山信用金庫太田京子名義普通予金をはじめ次々に数々の別口予金が発見された。控訴人の本件推計計算は、まず右別口予金中被控訴会社が売上げを隠ぺいしたものと控訴人が認めた金額を被控訴人記載の売上げに加算して売上金額を算定し、これに控訴人が妥当と認めた標準利益率(第一事業年度八、九%、第二、第三各事業年度各一〇%)を適用して営業利益金額を割り出し、さらに別個認定の営業外利益、同損失を加減して被控訴人の所得金額を計算する方法によつた。控訴人は以上のように主張し(引用の原判決事実摘示「被告の答弁ならびに主張」の四記載、別紙準備書面三記載)、被控訴人は、これに対し、控訴人主張の別口予金中にはこれを利用して被控訴会社の売上げを隠ぺいした事実はなく、被控訴人記帳以上の売上げはなかつたとして控訴人の右推計売上金額を否認するほか、各事業年度における被控訴人主張の標準利益率、営業外利益、同損失はいずれも認めて争わないところである。したがつて、右売上金額の推計さえ合理的妥当性を有するならば、右推計方法による被控訴会社の所得金額の算定は正当適法なものであるといわなければならない。

よつて、以下右売上金額の推計の適否について判断する。

四、簿外の別口予金の存在とその事情

成立に争いのない乙第一号証の一ないし五、第二号証の一、二、第三号証の一ないし五、当審での証人山村秀雄の証言により真成に成立したものと認められる乙第四号証の一、二、その様式ならびに趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六号証、第七号証の一、二、第八号証の一、二ならびに原審での証人森本伸、中村正徳、半田喜美代(一部)の各証言、当審での証人山村秀雄の証言原審での被控訴会社代表者半田貞雄の供述に弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められる。

(一)  簿外売上金作出の可能性

被控訴会社はもと現在の代表取締役たる半田貞雄が個人で同一場所において同一営業を経営していたものを、昭和二七年一二月二二日株式会社組織に変更して発足したもので、個人商店と経営規模その他においてあまり変らない同族会社である。そしてその店舗は、和歌山市内の繁華街通称ぶらくり丁入口附近にあつて、現金売上げを主体とする店舗営業であるにもかかわらず、現金管理は十分に行なわれておらず、一ケ月ないし三ケ月毎に現金出納帳の記帳等を一括して計理士に依頼している状況であり、その記帳は正確性と完全性においてとうてい信頼に値いせず、被控訴会社代表者が売上収入金を除外し簿外売上金を作り出すことは容易な状況にあつた。

(二)  簿外の別口予金の税務調査による発見

被控訴会社が自らその予金であるとして申告したもののほかに、税務調査の結果、被控訴会社のレヂスターの抽斗内から被控訴会社の帳簿に記帳されていないが、和歌山信用金庫の半田貞雄名義の月掛予金(乙第三号証の三)日掛予金2第三号証の五)半田喜美代名義の月掛予金二口(乙第三号証の二、乙第一号証の五)等が発見され、あらためて被控訴会社代表者の実印を手掛りに銀行調査をした結果和歌山信用金庫の則岡花枝(架空人)名義の予金(乙第一号証の三)太田京子(架空人)名義の予金(乙第一号証の二)森田美有喜(架空人)名義の予金(乙第三号証の四〕紀陽銀行本店の太田京子(架空人)名義の予金(乙第二号証の二)等が発見された。以上の別口予金はいずれも被控訴会社代表者半田貞雄が現実に支配操作しているところのものである。

(三)  別口予金の予金源の秘匿

以上の別口予金中架空人太田京子、同則岡花枝名義の予金等については、発見された当時被控訴会社代表者半田貞雄は「自分のものではない、他人のものだ」としてその権利の帰属を否定し、税務調査の進展によりやむなくその自己に属することを承認したような事情にあるのみならず、同人および妻喜美代等は税務調査に際し、別口予金の予金源ないし入出金の科目について説明を拒否し、本訴訟における証拠調でもこれを首肯納得させるに足る証言、供述が得られない。

(四)  別口予金の入金の状況

別口予金の入金状況を一見すると、日掛予金は一日について三〇〇円、月掛予金は一ケ月について三、〇〇〇円前後の一定額が継続的に積み立てられて継続性と安定性を示し、普通予金には相当まとまつた金額が入金されては引き出されるその反覆的繰返しであつて、干満性を示し、前者における入金は売上金の一部による固定的貯蓄予金、また後者における入金は浮動的営業予金の性格を帯びているものとみられうるし、そうみても格別不釣合いなところはない。カバンおよび袋物販売業者の類型的標準所得から考えても、別口予金の入金をもつて売上金によるものとする相当性がある(後記八参照)。

(五)  被控訴会社代表者の家族収入等と別口予金の予金源との関係

被控訴会社代表者半田貞雄方の毎月の定収入は本件各事業年度当時被控訴会社から受け取る月給四〇、〇〇〇円(半田貞雄の月給二五、〇〇〇円妻喜美代の月給一五、〇〇〇円)、店舗貸付料一〇、〇〇〇円の範囲を出ず、そのほかには臨時に株式の売却による代金および配当金収入等があつた。そしてその家族は、関西大学在学中の長男および中学校に通学中の二人の女児を含む五人家族で、その生活費は衣食住費に毎月三〇、〇〇〇円、長男の学費に毎月一五、〇〇〇円を必要としていたから、右家族構成では毎月の家計の支出は定収入、とほゞ見合つたものであつた。半田貞雄は別途に被控訴会社設立直前に合計一、〇〇〇、C〇〇円前後の定期予金を保有し、株式資産として南海電鉄四、〇五〇株その他若千の株式合計時価九〇〇、〇〇〇円程度のものを所有していたが、半田貞雄はそのうち若干の株式を売却した。株式売却たよる収入として明確なものは、昭和二八年一月二〇日四二、三六〇円同年一〇月一三日二三七、〇〇〇円(南海電鉄一五〇〇株分)同年一二月二四日一三一、〇〇〇円の三口であつて、その他に半田貞雄もしくはその家族が常時株式取引きを行なつて利殖を図つていた事蹟は存しない。以上の月収、株式売買による収入、株式配当金の収入、定期予金の運用等は別口予金の入金状況に適合満足するものではなく(反対の事情としてのちに認定控除するものを除く)、むしろ相い離たることほど遠いものがある。

以上の事実が認められる。右認定に反する原審での証人半田喜美代の証言、同被控訴会社代表者半田貞雄の供述は信用しない。

五、事実上の推定

ところで、右認定の別口予金は被控訴会社の売上金とは無縁の存在で予金源は全く別個に存すると認めなければならない証拠も、反対に、右別口予金は被控訴会社の日々の売上げを、その都度あるいは一定期間ののちにまとめて入金するのに利用していたものと断定するに足る証拠も、本件には存しない。しかしながら、税務調査により発見された、物品販売を業とする法人の代表者が現実に支配操作している簿外の別口予金の入金状況が、その法人の売上金によるものとみても格別不相当性がないのみならず、入金状況に見合う預金源と預金事情が他に認められないときは、特段の事情のないかぎり、その法人には簿外の売上収入があつて、右別口預金の入金はこの簿外売上金によるものと推認するのが相当である。

おもうに、いわゆる青色申告たると否とを問わず、小売商人は帳簿を備え、日々の売上総額を現金と掛売りに分けて明瞭に記載すべきことを要求されている(商法第三二条)。この程度の帳簿管理も行なわず、一ケ月ないし三ケ月毎にその記載をなすとすれば、その商人自身も所得の実額を知ることは困難なわけであり、納税者が自ら計算して自ら納税するという申告納税の前提条件はすでに当初から充足されていないことになる。その納税申告に誠実が期待されない以上、正確な所得の実態の把握は至難であるが、徴税権者は公平な正しい徴税を放棄することは許されないから、その者については所得の実額によらず、税務調査に基づいて合理的にして妥当な所得の推計を行なつて、所得金額の更正または決定をしなければならない。そして予金調査は税務調査においては欠くべからざるものとされる。けだし一般に商人の利用する預金の預金源は、貯蓄または利殖のための貯蓄預金(日掛、月掛、普通定期預金等)と、営業上の収入と支出との時間的間隙をつなぐため、もしくは不時の事態に備えて余裕資金を預け入れる営業預金(当座、通知、普通預金等)たるとを問わず、売上金ないしこれから生じた差益利得に依存する度合いがすぐれて大であるからである。前者は売上金の静態的減留、後者は売上金の動態的滞留であつて、売上金の記帳が正確でなくその一部にとどまるときは、帳簿記入の売上金は張簿に登載された預金に、簡外の売上金は預金調査により発見された簿外の別口預金に結びつくのも自然の数というべきである。したがつて、前記四に認定の(一)ないし(三)の事情があるときは、別口預金の入金は簿外の売上金の反映たる可能性は当然存するものといえよう。しかし右の段階と程度では可能性はあつても高度の蓋然性があるとはいえず、いまだ簿外の売上金によるものであると推定するには足りない。簿外の預金の入金に見合う預金源と預金事情が他に存する場合は、いかに簿外預金であるからといつても、かような可能性すら薄らぐ。反対に予金源の探究によつても、入金に見合う預金源や預金事情が他に存する疑いが少なく、預金の入金状況が、貯蓄預金においては継続安定性を示し、営業預金においては出金とあわせて反覆干満性を示し、入金額は各個にまた合計しても異常なところが少なく、結局簿外の売上金の隠ぺい預金とみられうるし、そうみても格別不相当なところがなければ(前記四の(四)および(五))、商人の予金利用の実状に照らし、その商人には簿外の売上金があり、別口預金の入金はこの簿外売上金によるものと推認することは合理的であるというべきである。もとより、別口預金の入金のうちには預金の振替えによる重複入金や偶発的な異質預金の入金がありうる。かような特段の事情が存在するとすれば、それは右の推定をくつがえすものである、特段の事情のないかぎり推定は妥当性を維持するというべきである。

六、特段の事情の判定

よつてすゝで右のごとき特段の事情の有無を判断する。前掲各証拠に弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人の主張のとおり(原判決前同の五別紙準備書面三)、法人の成立日であるからその前日以前の個人資金二〇日締切り二六日支払いの個人時代のクーポン売上金、株式の配当金、その売却代金、預金の振替え、預金利息、東京海上マージン取引による小切手入金等の範囲において、本件別口予金の一部には売上金によるものでないと認められるものもしくは認めてよいものがある。しかしながらそれを超える範囲においては、簿外の売上金による入金と認めるべき特段の事情のあるものは認められない。

七、審査決定における所得推定の正当性

そうすると簿外の別口預金の入金合計額から控訴人が売上金によるものでないと認めて控除した額はそれだけの簿外の売上金があり、これを簿外の別口預金に入金したものと推定される。よつてその額を被控訴人が申告した売上額に加算する方法により係争各事業年度分の売上金額を算定しこれに当事者間に争いのない標準利益率を乗じて得られた金額をもつて各事業年度の被控訴会社の所得営業利益額を推計認定したのは正当である。それゆえ、被控訴人の本訴請求はすべて理由がないものというべきである。

八、効率による所得金額の推計

前掲乙第四号証の一、二、乙第五号証、乙第六号証、第七号証の一、二、第八号証の一、二、当審での証人山村秀雄の証言を総合すれば次の事実が認められる。

大阪国税局では毎年所得金額の推計計算を税務調査の資料に供するために、管轄地域を適用範囲として営業種目毎に適用される効率表を作成している。効率表作成の作業は一応科学的実証的であつて類型的標準的には営業上の売上げ等を推定する方法として合理性を有するものというべきである。カバンおよび袋物類の小売販売業においては従業員数が効率項目として選定されている。被控訴会社にこの効率表を適用することは店舗の位置規模からみて決して酷に失することはない。昭和二八年一月に作成された効率表を適用して被控訴会社の売上金額を算出すると、第一事業年度は約一、一五二万円、第二事業年度は一、一四〇万円、第三事業年度は一、二八八万円である。これに比し被控訴会社の申告売上額は順次六六〇万円余、八六〇万円余、八〇六万円余とあまりにも低額である。一方、前記認定の簿外の別口予金の入金額から控訴人主張の控除額を控除したものを簿外の売上額としこれに申告売上額を加算した控訴人の推計売上額は順次八三一万円余、一、〇四〇万円余、九四〇万円余であつて、効率表による推計売上額の範囲内であることはもちろん、右控除額を控除せず別口預金の入金額を全部簿外の売上額としても、やはりこれを下廻つている。

そうだとすれば、右の点からみても別口預金の入金額を簿外の売上によるものとみることは不相当ではないし、本件審査決定における売上金額の認定は違法なものということができる。

九、結論

よつて、本判決と符合しない原判決は変更の要があるから、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峰隆 大江健次郎 北後陽三)

準備書面

一、一般に、

(イ) 商人の現金管理が不十分であり、その帳簿が不完全かつ不正確でその記載洩れが考えられる場合で、

(ロ) 税務調査の結果、その商人の隠していた銀行預金(いわゆる別口予金)が発見され、

(ハ) 脱税等隠したいという思惑がなければ銀行預金に架空人名義を使用したりしないものであるのに、その預金者名義が架空人名義であり、

(ニ) その別口預金の帰属について、その商人は当初「自分のものでない」と否定していたが、その後諸般の事情が解明してきたので「自分の預金である」ことを承認するようになつた経過にあり、

(ホ) その予金が継続的になされており、

(ヘ) その商人の申告収入額では生活費を念出するのに精一杯であり他に収入源のないことから、別口預金はその商人の簿外(脱漏)収入金によるものとしか考えられないとき、

以上のような(イ)ないし(ヘ)に該当する事実が存在する場合には、経験則からいつて、その発見された別口預金はそれの帰属する商人の簿外売上金であると断ずることが許されてしかるべきである。

右(イ)ないし(ヘ)に該当するような事実が存在するにかかわらず、別口預金をそれの帰属する商人の簿外売上金と推断するのは未だ合理的でないとされるのは、経験則に反するのみならず、課税行政に難きを強いられるものであり、かえつて申告納税制度のもとにおいて課税の不公平を招来するものということができよう。なお、申告を怠つたり又過少申告を行なつたもので帳簿の不完全不正確なものに対しては類型的な推計課税を行なうことが容認されているのであるが(法人税法三一条の四第二項)、それでも、課税庁ではできるだけ商人の実際の売上金ないし所得を把握しようとして困難な税務調査を実施してきている。そして、その税務調査の結果において、隠されていた別口預金が発見される等前記(イ)ないし(ヘ)に該当するような事実が突きとめられたときは、経験則に従い、その別口預金はその商人の簿外売上金であるとして課税を行なうべきものとしてきているのであり、このような方法による課税庁の認定は類型的な推計算算より優れて真実に近い合理的なものであり、適法なものということができるであろう。

二、しかるところ、本件において、控訴人の主張及び立証ならびに原判決認定のとおり、つぎの事実が明らかである。

(い) 被控訴会社は個人商店と変らない同族会社であり、現金売上を主体としているのに現金管理を十分に行なつておらず、また、その記帳は不完全かつ不正確であるので、被控訴会社代表者が収入金を除外し容易に簿外売上金を作り出せる状態にあつたこと(森本証言、原判決二六丁表の三行目以下、三一丁表の九行目以下参照)、

(ろ) 税務調査によつて、まず被控訴会社の帳簿に記載されていない和歌山信用金庫の半田貞雄名義の日掛及び月掛予金が発見され、さらに、この予金に押捺されていた印鑑から糸をたぐつて銀行調査の結果、和歌山信用金庫の則岡花枝(架空人)名義、森田美有喜(架空人)名義及び太田京子(架空人)名義の各預金、紀陽銀行の太田京子(架空人)名義の預金が発見されたこと(森本証言参照。以上の預金は簿外のいわゆる別口預金である。なお、本件において更正及び再再更正が行なわれたのは、税務調査の結果つぎつぎと右架空人名義預金が発見されたことによるものである)、

(は) 右則岡花枝、森田美有喜及び太田京子各名義預金は架空人名義預金であり(架空人名義預金であることについては、当事者間に争いなし)、又、架空人名義にした理由は税金のかからないように考えてしたものであること(被控訴会社代表者及び半田喜美代証人の供述参照)、

(に) 右別口預金が誰に帰属するものかについて、税務調査の過程において、被控訴会社代表者半田貞雄は当初「自分のものでない、他人のものだ」と突つ張ねて極力隠そうとしていたが、税務調査が進んでようやく同人のものであることを承認したような事情にあること(森本証言及び原判決三〇丁表の五行目以下参照)、又、被控訴会社等は税務調査に際して別口預金の預金源ないし入出金の科目について全く説明を拒否していたばかりか、本訴訟においても別口預金の預金源ないし入出金の科目について明らかにしていないこと(森本証言及び中村証言参照。被控訴会社が主張されている会社設立前から存在していたとみられる半田貞雄等の三井銀行和歌山支店及び和歌山黒田郵便局の各預金や右別口預金へ振替えられていると考えられる個人資産は、後述のとおりすべて売上金の認定から除外している。又、半田貞雄等において東山あや子の依頼で郵便貯金のために金を集めたのは被控訴会社の設立以前のことであり、その金が本件年度中に別口預金に預け入れられていないことについては、被控訴会社代表者及び半田喜美代証人の証言参照)。

(ほ) 別口預金は、日掛又月掛預金は勿論のことその他の預金も継続的になされていて、このような継続的な預金は営業と関係のある簿外売上金による預金とうかがえること(原判決三〇丁表の一一行目以下参照)、

(へ) 被控訴会社代表者半田貞雄の家族の毎月の収入は、被控訴会社から受取る月給四〇、〇〇〇円(半田貞雄の月給二五、〇〇〇円、妻喜美代の月給一五、〇〇〇円)、店舗貸付料一〇、〇〇〇円、株式の売却金及び配当金よりないところ(収入金が以上の金額であることについては、当事者間に争いないし)、その家族は関西大学在学中の長男及び中学校に通学中の二人の女児を含む五人家族で、その生活費は少くとも毎月五〇、〇〇〇円を必要としていたから(被控訴会社の主張によると、長男の学費だけで毎月一五、〇〇〇円必要であつたということであり、又、被控訴会社代表者の供述によると、衣食住だけの生活費に毎月三〇、〇〇〇円位必要であつたという)、到底別口預金をする余裕はなく、それで、別口預金の預金額は簿外売上金としか考えられないこと(なお、被控訴会社代表者及び半田喜美代証人の供述のとおり、半田貞雄等が本件事業年度中に行なつた株式売買は甲第六号証記載の三件のみであり、その代金や株式配当金のうち別口預金に入金されているものは、後述のとおりすべて売上金の認定から除外している)、

以上のように(い)ないし(へ)の事実があれば、前述のとおりその別口預金の預金額は一応被控訴会社の簿外売上金と断定できるものである。そして、その上に、控訴人はこの預金額のうちから被控訴会社の売上と関係がないと考えられるもの(預金利息、株式配当金、株式売却金、日掛預金から月掛預金へ振替えられた分)は勿論のこと、売上と関係がないのではないかと少しでも想像できるもの(被控訴会社の設立日の預金、会社設立直後のクーポン支払日の預金、金額が多額であることから個人資産の振替えではないかとうかがえる分)についても全部控除することにして、間違いのないように控え目に被控訴会社の売上金を捉えているのである。このようにして控え目に捉えた簿外売上金を申告売上額に加算して所得金額を認定している控訴人の処分は、けだし適法なものというべきである。

原判決は右(い)ないし(へ)の事実を認定されながら、この別口預金が「別口売上帳と同一の機能で利用されていたと認められない」という理由によつて簿外収入金でないとされているのであるが、この原判決の論旨は商人の銀行預金はすべて当座預金として利用されるべきものであり当座預金でなければ売上金と関係がないという趣旨であろうか。商人が脱税のためにその簿外売上金を架空名義人預金ないし簿外の別口預金に預け入れていることは、税務調査の結果しばしば発見されてきているところであり(大阪高裁昭和三六年九月九日例集一二巻九号一七八頁等参照)、この実情から演釈して、右(い)ないし(へ)の事実がありときは、その継続している別口予金は簿外売上金にほかならいものと認定されるべきであり、原判決の認定には到底承服することができない。

三、別口預金のうち簿外売上金と認めるべき金額が控訴人の主張のとおりであることを容易に御理解いただくために、乙号証を整理して説明する。

(一) 昭和二八年度分(第一事業年度分)

乙第一号証の二ないし五、乙第三号証の三ないし四の別口預金の入金額、ならびに右入金額のうち被控訴会社の売上金と関係のないとみられる控除額を、各口座別及び月別に集計すれば別表一のとおりとなる。さらに、右別表一の各口座別集計を一覧表にすると別表二のとおりとなり、入金総額は二、九二三、一八九円、控除額は一、二一三、〇七九円、差引は一、七一〇、一一〇円となる。控訴人はこの差引額を被控訴会社の簿外売上金と認定したのである。

なお、和歌山信用金庫の則岡花枝名義預金(乙第一号証の三)の入金額を控訴人第三準備書面において三二五、〇〇〇円と主張したが、六六九円の預金利息を算入していないから、その入金額は三二五、六六九円となる、しかし、右利息六六九円は控除すべきものであるから、結局売上金を入金したと認めるべきものは差引三二五、〇〇〇円であつて、従前の主張額と変らない。

従つて、控訴人は申告売上金額六、六〇六、六七九円(甲第一号証の二の損益計算書中利益の部、商品売上高参照)に右簿外売上金一、七一〇、一一〇円を加算した八、三一六、七八九円を被控訴会社の売上金額と認定したのである。

(二) 昭和二九年度分(第二事業年度分)

前年度分と同様に、別口預金の昭和二九年度の各月別入金額及び控除額を乙第一号証の二ないし五、乙第二号証の二、乙第三号証の二ないし四から集計すれば、別表三のとおりとなり、別表三の各口座別集計を一覧表にすると、別表五のとおり売上金額は一、八〇八、七〇〇円となる。

なお、和歌山信用金庫の則岡花枝名義預金(乙第一号証の三)の入金額を控訴人第三準備書面において二五五、〇〇〇円と主張したが、一、七〇四円の預金利息を算入していないから、その入金額は二五六、七〇四円となる、しかし、右利息一、七〇四円は控除すべきものであるから、結局売上金を入金したと認めるべきものは差引二五五、〇〇〇円であつて、従前の主張とは変らない。

又、和歌山信用金庫の半田貞雄名義日掛預金(第三号証の五)は別表四のとおり昭和二九年度中の入金総額が一二七、九五五円であるが、同年中の出金額一一七、四〇〇円が和歌山信用金庫の半田喜美代名義等月掛預金(乙第一号証の四及び五、乙第三号証の二ないし四)へ入金されていると認められ、右月掛預金への入金額は前述のとおり別表五で簿外売上金額として認定しているので、重複をさけるため右日掛預金の入金額から出金額を差引いた残額即ち昭和二九年度末日現在の日掛預金残高二五、五二二円を簿外売上金と認定することにしたのである。

従つて、昭和二九年度分の簿外売上金は右簿外売上金二五、五二二円に前述別表五の売上金額一、八〇八、七〇〇円を加えた合計一、八三四、二二二円である。控訴人は申告売上金額八、六〇六、一六三円(甲第二号証の二の損益計算書中利益の部、当期商品売上高参照)に右簿外売上金一、八三四、二二二円を加算した一〇、四四〇、三八五円を被控訴会社の売上金額と認定したのである。

(三) 昭和三〇年度分(第三事業年度分)

前年度分及び前々年度分と同様に、別口預金の昭和三〇年度各月別入金額及び控除額を乙第一号証の二ないし五、乙第二号証の二、乙第三号証の二ないし四から集計すれば、別表六のとおりとなり、別表六の各口座別集計を一覧表にすると、別表八のとおりとなる。

なお、和歌山信用金庫の太田京子名義予金(乙第一号証の二)の入金額を控訴人第三準備書面において五九〇、〇〇〇円と主張したが、一、八一一円の預金利息を算入していないから、その入金額は五九一、八一一円となる。しかし、右利息一、八一一円は控除すべきものであるから、結局売上金を入金したと認めるべきものは差引五九〇、〇〇〇円であつて、従前の主張とは変らない。

又、和歌山信用金庫の半田喜美代名義等月掛預金(乙第一号証の四ないし五、乙第三号証の二ないし四)の入金は、和歌山信用金庫の半田貞雄名義日掛預金(乙第三号証の五)から出金した金額で預けられていると認められるから、昭和二九年度で税漏売上金と認定した右半田貞雄名義日掛預金の昭和二九年度末残額二五、五二二円を右半田喜美代名義等月掛預金から控除するのが妥当であると考えられる。それで、別表八のとおり控除した残額を脱漏売上金と認定した。又、和歌山信用金庫の半田貞雄名義日掛預金(乙第三号証の五)については、昭和二九年度と同様、別表七のとおり昭和三〇年度中に入金総額が一一八、三一二円あるが、同年度中の出金額一三二、七〇〇円が和歌山信用金庫の半田貞雄名義等月掛預金に入金されていると認められ、その分をすでに簿外売上金として認定しているので、右日掛預金の昭和三〇年度末日現在の残高一一、一三四円をもつて被控訴会社の脱漏売上金と認定したのである。

従つて、控訴人は申告売上金額八、〇六五、五七五円(甲第三号証の二の損益計算書中利益の部、当期商品売上高参照)に右簿外売上金一、三九九、一一二円を加算した九、四六四、六八七円を被控訴会社の売上金額と認定したのである。

四、税務調査の結果に基づく所得金額の算定は、以上論述してきたとおり適法なものであるが、なお十全を期するために、類型的に推計してみてもその所得金額の算定の適法であることを明らかにする。

大阪国税局では毎年所得金額の類型的な推計計算の資料に供するために効率表(乙第四号証の一、二)を作成することにしており、管内全税務署を動員し全業種につき実態調査を実施して把握しやすい現象のうちからその売上金額と相関関係をもつているものを科学的実証的に探し出し(このようにして探し出したものを効率科目という。カバン及び袋物類の小売販売業においては従業員数が効率科目として探し出されている)、この効率科目と売上金額との比率等を算出することにしているのであり(乙第五号証参照)、そして裁判例においても、被控訴会社のように過少申告を行ない、かつ帳簿の不完全なものに対しては、この大阪国税局作成の効率表を使用して所得金額の推計計算を行なうことを容認されてきているのである(京都地裁昭和三二年九月二八日例集七巻七号一、六五四頁等参照)。

被控訴会社のようなカバン及び袋物類の小売販売業において、その売上金額と従業員数との間に相関関係のあることについては、乙第四号証の一 二及び乙第五号証のとおり大阪国税局における実態調査によつて科学的に明瞭に実証されているところである。又、かような実証を待つまでもなく、現代の企業経営において従業員に対する人件費は相当多額を必要としその経費中に占める割合が高いので、売上高の少い小売販売店舗では必然的に従業員を少くし、売上高の多くなるにつれて従業員を増加しているのが現状である。

そうすると、控訴人が、第四準備書面四項で詳述したとおり、被控訴会社のような小売販売業について従業員数をもつて売上金額を認定する手がかりとし(乙第六号証、第七、第八号証の各一、二参照)、久第四号証の一、二において実証的に算出されている同業種の従業員一名当りの年間売上金に基づいてその年間売上金額を計算していることは(いわゆる「単位当り額法」による計算)、合理的な計算方法というべきである。

右計算方法によつて算出した売上金額は控訴人の認定金額を上廻つているから、本件処分はこの点からも適法なものということができる。

五、本件処分の適法なことは、さらに、つぎの計算方法からも裏付けることができる。

通常カバン及び袋物類の小売販売業において、その売上金額に対して「営業経費から人件費、家賃、支払利息、創業費、減価償却引当金を除いた経費」(以下、「その他経費」という)の占める割合は五%が基準となつているので(乙第四号証の一、二参照)、「その他経費」から逆算してその売上金額を算出してみることができる。この方法で被控訴会社の売上金額を算出してみると、つぎのとおりである。

(一) 昭和二八年度分

経費に関する被控訴会社の記帳は大体正確であると考えられるところ、その昭和二八年度の「その他経費」は四一五、九二〇円であるので(甲第一号証の二参照)、この「その他経費」から売上金額を算出してみると、売上金額は八、三一八、四〇〇円となる。

(二) 昭和二九年度分

被控訴会社の昭和二九年度の「その他経費」」は六九七、二六八円であるので(甲第二号証の二参照)、前年度と同様に売上金額を算出してみると売上金額は一三、九四五、三六〇円となる。

(三) 昭和三〇年度分

被控訴会社の昭和三〇年度の「その他経費」は五八七、四二六円であるので(甲第三号証の二参照)、前年度と同様に売上金額を算出してみると、売上金額は一一、七四八、五二〇円となる。

以上のとおり、この計算方法によつてみてもその売上金額は控訴人の認定金額を上廻つているから、本件処分は適法なものということができる。本件処分は、どの観定から考察しても何ら取消されるべきかしの存在しないものである。

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